2022年06月17日
3月11日午後2時46分忘れもしない震災、東日本大震災が発生しました。大きな地震と津波が町を壊し、飲み込み、私の住む大船渡市では死者、行方不明者合わせ419人、5,592世帯が被害を受けました。震災当時、私は小学校1年生でした。津波は私にとって初めての経験でとても怖かったのを覚えています。私の小学校は全員が高台に避難し無事でしたが、避難所から自宅が黒い波に飲み込まれていく様子が見え、何もかもが怖くてずっと泣いていました。幸いにもその夕方、親が迎えに来てくれて山の方にある宿泊施設に避難し、その夜は、配られたおにぎりでなんとか空腹を満たし、夜が明けるのを待ちました。大きな不安と恐怖を抱えるなか、翌日から自衛隊の方達が避難所に駆け付けてくれ、また、全国からたくさんの支援物資を届けてくださったことは本当に嬉しく、ありがたかったです。
東日本大震災は、町と心に大きな爪跡を残した出来事でした。しかしながら、今考えてみると決して悪いことだけではなかったと私は感じています。辛い震災経験の中でも、これまでなかった新たな経験を積むことができ、たくさんの新たなご縁も生まれました。
例えば、避難所や仮説住宅では、今まで関わりの少なかった方々と生活しました。子どもは少なく遊ぶ人はいませんでしたが、国内も含め世界中からたくさんのボランティアの方々が大船渡に来て、一緒に遊んでくれたり、支援物資を届けてくださったことで、たくさんの元気をもらいました。ボランティアの方たちの中には、震災から10年以上経つ今でも交流が続いている人もいます。支援してくださった方々には感謝してもしきれません。
私は、震災で助けてもらった経験から、普段少しでも人助けできることがあればしようと心がけています震災時、テレビで自衛隊や消防官、警察官の方々が、一生懸命救助活動をしている姿を目にして、とても心が動かされました。しかしその一方で、懸命な救助活動をもってしても助からなかった、たくさんの尊い命があったということも知っています。それらの体験を通して、私も自分の手で人を助ける仕事をしたいと思い、将来消防士になりたいと思うようになりました。
小学生から中学生へと成長し、学生生活を続ける中でその先の進路について考えるようになりました。高校に進学するにもたくさんのお金がかかります。仮設住宅から離れ新しい家を建てたり、また、兄弟の進学などこれからたくさんお金がかかることは理解していたため、できるだけ親への負担が少しでも減らせないか、そして自分の夢をどうしたら実現できるか考えるようになりました。その時、学校で「まなべる基金」に出会いました。まなべる基金は返済しなくても良い奨学金と分かり、自分から親に伝え、この奨学金に応募することにしました。
高校は、大好きだったソフトテニスを続けるため、強いチームのある隣の岩手県立高田高等学校に進学しました。家は遠いものの、誰よりも早く学校へ通い、部活終了後暗くなってもできる限り練習をし、技術向上に努めました。3年生には部のキャプテンを務め、昨年の県高総体で叶わなかったベスト16をとることができました。継続して一生懸命練習に励んできて本当に良かったと思いました。
まなべる基金で頂いた奨学金は、部活動での旅費やラケット購入通学バスの定期代や教科書代、資格検定などに使わせて頂きました。被災したにも関わらず、高校3年間、多くの友人にも恵まれ、不自由なく充実した学生生活を送れ学習や勉強にしっかり取り組むことができたことに感謝しています。
高校3年間、部活動と同様に、消防士になりたいという夢に向かって公務員試験の勉強にも取り組んできましたが、今年度の公務員試験では残念ながら合格を勝ち取ることができませんでした。しかし、部活動の経験から必死に頑張れば報われることを知ったので、自分の手で人を助けるという夢を諦めることなく、これから仙台の公務員門学校に進学し、今年の試験では合格できるよう取り組みたいと考えています。自身の夢である消防士になり、少しでも地域に貢献すること、そのことが、まなべる基金で応援して頂いたことに対して恩返しすることだと信じています。そして、幼いころからの夢である消防士になることができたら、東日本大震災のように多くの犠牲者を出さないよう自分の震災の経験を伝承し、故郷を守っていきたいです。
震災を経験して、これまであった当たり前の日常が非日常になりました。過去のそのままの町をもう一度取り戻すことはできません。当たり前のように来る明日の町の姿はいつ壊されるのか分かりません。これからも1日1日を大切に過ごしていきたいと思っています。
地元の大船渡市は、震災を機に人口が減少し、私の学校は他校と統合するなど町の活気は下がる一方です。そんな中でも、少しでも地域に活気が戻るよう、子どもの頃から郷土芸能を頑張っています。後継者不足で伝承が難しくなってはいますが、自分が踊ることによって地域の人が笑顔になれればと思います。郷土芸能を通して町に活気を戻し、震災以前よりも絆の深い明るい町にしていければと考えています。
震災の大変な時期にも関わらず、自分や兄弟たちに不自由さを感じさせることなくいつも応援してくれた両親と家族には本当に感謝しています。そして、楽しく充実した高校生活を送ることができ、そして夢の実現に向けてサポートしてくれた「まなべる基金」の寄付者の皆さんにも本当に感謝しています。自分の目指す将来の夢に近づけていただき、本当にありがとうございました。ここからは自分で努力し消防士になれるように精一杯頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。