まなべる基金「まなべる基金」2025年度卒業生からのメッセージ

2026年03月30日

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大好きな地元・田老の町を家づくりを通して元気にしたい

震災当時の話

私は岩手県宮古市田老出身で、6人兄妹の5番目、東日本大震災当時は3歳でした。家で母と弟とお昼寝をしていた時に大きな揺れを感じました。揺れがおさまった後、兄達を迎えに保育所と小学校へ向かいました。

その後、家に戻ろうとしましたが、堤防を超える黒い波が押し寄せてくるのが見えたため、高台へ避難しました。高台から見た田老の街が波にのみ込まれていく光景は、今でも忘れられません。家族は全員無事でしたが、田老のほとんどの家が津波で流され、私の家も全壊しました。

震災後は市役所や祖母の家、体育館、ホテルなどを転々とし、2011年6月頃から仮設住宅での生活が始まりました。約6年間の仮設住宅での暮らしは大変なこともありましたが、友達と過ごした楽しい思い出もあります。その後、田老の高台に建てられた新しい家に住み始め、仮設住宅よりも落ち着ける場所ができて嬉しかった記憶があります。

高校時代に頑張ったこと

建築士として地元の復興に携わりたいという夢を持ち、岩手県立盛岡工業高校 建築デザイン学科に進学。実家を離れて寮生活を送りながら、部活動と学業の両立に励みました。

部活動は、兄の影響で興味を持ったレスリングを始めました。最初はなかなか勝てず悔しい思いもしましたが、人一倍努力することを決意し、朝の自主練習やコーチの指導を意識した練習を続けた結果、新人戦で優勝。その後も結果を残せるようになり、努力の大切さを強く実感しました。3年生では主将を務め、チームをまとめながら後輩の指導にも力を入れました。言葉だけでなく、自らの姿勢で示すことを大切にし、誰よりも練習に励み、インターハイや国民スポーツ大会に出場することができました。部活動を通して、礼儀や努力を続けることの大切さを学びましたし、最後までやり切れたのは、支えてくれたチームメイトのおかげだと感謝しています。

勉強では、建築に関する技能検定の取得に積極的に挑戦しました。また、2年生のインターンシップで大工の仕事を体験し、大工の方々が楽しそうに働く姿に強く魅力を感じました。私は体を動かすことが好きなので、建築士ではなく大工として家づくりに携わりたいと思い、一生懸命勉強して、志望先への就職を決めることができました。

奨学金は資格取得のための検定料や部活の遠征費、寮費に充てさせて頂きました。奨学金がなければこんなに充実した高校生活を送れてなかったと思い、とても感謝しています。

将来の夢

卒業後は、大工に関する専門技術が学べる6年間の育成プログラムに参加し、最初の1年間は技術を学んだ後、翌年からは東北に戻ってきて実際に働きながらスキルを磨きます。

地元の田老の町は綺麗な海と自然に恵まれており、寮生活中も田老に帰ったときはすごく安心しました。しかし、両親からは震災前の田老はもっと人がいて盛り上がっていたと聞きました。なので将来は私が家を建てて人がもっと増えて活気がついてきたらいいなと思っています。

寄付者へのメッセージ

寄付者の皆さま、3年間の学生生活を支えていただき本当にありがとうございました。いろいろな経験を積むことができ、成長できたと思います。高校生活での学びを活かし、これからも大工を目指して日々成長し、将来は地元に貢献したいと思います。

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