2013年07月12日
被災体験のもたらす心的外傷の障害化を予防する活動―福島県大熊町(会津若松市に避難中)の小学生に対する心のケアー
大熊町の小学2年生32名に、被災喪失体験による生活の変化、気持ちの変化を受け入れて、自分を肯定でき、前向きになれるように、大人のファシリテーターに寄り添われながら4~5人のピアグループを7週間にわたって実施する。プログラムはアメリカのレインボウズの提供によるシルバーライニングプログラムであり、熊のぬいぐるみ、ゲーム、ワークブック等を使用するが、日本の子どもたちの実情に合わせて多少修正しながら実施した。子どもたちはプログラムに参加して楽しい時間を過ごし、アンケート結果等によれば、自己肯定感を高めた。同校読み聞かせボランティアの母親たち等にファシリテーター研修を実施して子どもたちに向き合ってもらったが、被災者でもある母親たちは子どもたちに向き合いながら自分自身を振り返る機会ともなり、また仲間同士助け合いながら実施することで、困難を乗り越え、地域づくりにつながる実践ができた。
【活動の背景】
東日本大震災および東京電力福島原子力発電所事故により、日常を突然うばわれた大熊町の人々は大きな喪失体験をした。また、会津若松市に全町避難している現在も居住地が定まらず不安の中で生活をしている。転居、転校に伴い繰り返される喪失体験によって、人々は怒りや悲しみを増大させ、気力が失われていく。そのような状況を越えるには、自己肯定感を高め、人と人とのつながりをつくり、それぞれの力を発揮していくことが必要である。「スマイルタイム(大熊町でのプログラムの呼称)」の活動を通して、子どもたちの自己肯定感を高めること、つながりをつくること、子どもたちをサポートする大人たちもつながりあい、元気になっていくことが目的である。
【活動の内容】
大熊町立大野小学校2年生2クラス(全32名)の生徒が対象、継続的にグループワークで行う広域災害被災児・者に対する心のケアプログラムである。
まずは、グループワークを実践するファシリテーターの養成を実施した。
①スマイルタイム・ファシリテーター養成講座開催
開催日:2012年10月 2日、8時30分~ 15時30分
会場:会津若松市内のホテルニューパレス会議室
参加者:15名(含む、小学校2年生の担任)
トレーナー:櫃田紋子、福川須美
シルバーライニング(SL)・ファシリテーターマニュアルを参考にし、午前中はプログラムの目的、ファシリテーターの役割、プログラムの進め方、子どもの気持ちの理解、問題行動への理解と対応などを学習、午後はグループワークや話し合い等によって実践的な学びの機会とした。養成講座を受講し、大野小学校の「スマイルタイム」のファシリテーターとして実践を担当している。
②スマイルタイムの実践および準備とふりかえり
大熊町は東京電力福島原発のあるところである。3月11日の地震の夜には、何も持たずに避難を余儀なくさせられ、現在の会津若松市に全町避難した。廃校になった会津若松市立河東三小学校の校舎を借りて、2校の小学校を開校した。教室が不足で、一つの校長室、職員室を、2つの異なる学校に勤務する先生方が使っている。
スマイルタイムは、被災児が混乱の中で自分の感情を自覚し、適切な出し方をグループで経験する活動である。その活動を通して、感情を押し殺さず適切な表現の仕方を学ぶ。その結果として、自己肯定感を高めること、友だちとのつながり(絆)を強め、お互いの力を肯定的に出す方向を見出すことが目的である。
1シリーズ全7回のスマイルタイムの準備とふりかえりの話し合い等を実施した。
打合せや準備の場所は、会津若松市内の大熊サロン「ゆっくりすっぺ」である。「ゆっくりすっぺ」は元小料理屋だった古い家屋を利用している。廊下をあるくと、斜めになっているのがはっきりとわかるほどで、隙間風が入り、冬場はかなり寒い。せめて、もう少し整った場所を提供してあげられたらと思わずにはいられないような家屋である。ファシリテーターは、毎週水曜日の実践の日以外に、月曜日にも集まって子どもたちの様子やSLプログラムについて話し合いと準備をしている。ほとんどの人が、仮設住宅あるいは会津若松市のあちこちに居住しているので、車で移動をしている。
5月から7月には、大熊町立熊町小学校の2年生16名がスマイルタイムを受けた。助成で実施したのは、大熊町立大野小学校の2年生の2クラスの子どもたち32名が対象である。毎週水曜日の空き時間(6校時)の45分で実施し、その後子どもたちはスクールバスに飛び乗り、下校する。時間も場所も限られた中ではあるが、子どもたちはこの時間をとても楽しみにしていた。
1クラスを4人ずつの4グループになり、机を片側に寄せ教室にできた空きスペースに敷物をしいてする。最初は自己紹介、プログラムで使用するパペットを作ったり、特別なすごろくを使って気持ちについて話をすることもある。子どもたちは遊んでいるような感覚をもちながら、気持ちに気づき表現する心地よさを経験する。すごろくやビンゴゲームを友だちと夢中でするうちに、友だちとのつながりも深まっていく。
毎回の活動の最後には、皆で歌をうたったり、読み聞かせをしてもらったりする。子どもたちは思い思いのリラックスした姿勢でその時間を迎える。ファシリテーターの方たちは、以前から読み聞かせの活動をしていた方々が中心になっているので、彼女たちにとって読み聞かせは得意分野だ。しかし、大熊町の小学校が全国にも誇れるほどの蔵書を持っていた図書室もすべて今は使えず、ファシリテーターの方たちは、残念な思いを持っている。今回の助成によって、我々リソースセンターが提供したのは[喪失体験][感情][自分を受け容れる]などをキーワードのした本である。たとえば、「くまとやまねこ」「じぶん」「うれしい」「しあわせ」「いつでも会える」「わすれられないおくりもの」「怒ろう」などである。これらの本は、子どもたちたちだけでなく、ファシリテーターも読んで心が動いたようである。読み聞かせの方たちは、今まで手にしなかった本であると言っていた。
回を重ねると子どもたちは感情を出すことがスムースになる。感情を抑え“いい子”として行動していた子どもの中には、はずれる行動を示すこともある。子どもは、単に行儀よくしふるまうことではなく、一時感情を出し受容されることにより、気持ちを適切に出すことを学べる。スマイルタイムでは、ファシリテーターに見守れられながら、自分の感情に気づく、強制されるのではなく自らが自分の力を発揮し適切な行動をとりやすいように構成されている。ファシリテーターは時として、子どものはずれる行動へどのようにかかわったらよいか悩み、振りかえりの会で何度も話し合いを重ねた。リソースセンターの臨床心理士が会津若松市に出向き、振りかえりや準備の話し合いに加わった。
本会のスタッフと共に。前列のお花を持つ3人のファシリテーターの方たちは4月に転居をする。
本会は、プログラムを現地の状況に合わせて検討し、現地に提供をした。また、スマイルタイムの時に子どもたちにプレゼントするくまのぬいぐるみや教室の床に敷くマットを購入して提供、安心してファシリテーターが実践できるようにサポートした。プログラムで使用するビンゴゲーム、パペット等の作成には、学生・主婦・大学の先生など多くのボランティアの協力を得た。
ぬいぐるみは子どもが話したい気持ちを大人に代わって聴いてもらうなどの重要な役割を果たす。ぬいぐるみは毎回家庭から持ってきてもらう予定であった。しかし、往復のスクールバスの中で、ぬいぐるみの取り合いになるなど、予想外のことが起こり、家庭に置いてもらいその様子を聞くに留めた。いわゆる想定外のことが起こり、我々は会津若松市を訪問するたびに、多くの学びを得られた。被災することの影響やすぐには復興しないことに伴う不安や自らの状況を“根無し草”とおっしゃった教育長の言葉の重みを一つ一つ受け止めていきたい。また、各自のフィールドで大熊町の方たちのことを伝え続けていきたいと考えている。
2013年度も継続することになった。状況や経費のめどがついたら、転居者が多いいわき市でも子どもたちにこのようなプログラムを届けたいとの願いをもっている。
被災者が被災児をグループでケアをする本プログラムの効果は、人と人とのつながりを肯定的な形で強化するものである。安心して、プログラムニ取り組むためには、本会が担った外からのサポートの役割が欠かせない。被災児・者を中心に据え何重にも包まれるシステムと人垣が被災体験への心のケアには必要である。
スマイルタイムに参加した子どもたちは、回数が重なるごとに子どもらしい感情表現をする姿になっていった。学校生活ではみられないそれらの姿は、日常生活では無意識的に感情を抑えていることを表していると考えられる。子どもたちは、スマイルタイムがもっと続いてほしいと願い、終わるのを残念がっていた。プログラム実施前と修了後に記入してもらったアンケートでは、『自分を好き』との感情が高まっている結果が出ている。また、話ができる人として具体的な友だちの名前が記入されるなど、スマイルタイムで深くかかわりあった友だちとのつながりが表れていた。これらの効果は、「スマイルタイム」の時だけにとどまらず、教室でも優しさが発揮できる、あるいは気持ちが素直に表現できるようになったとの声にも表れている。
ファシリテーターの方たちは、とても楽しそうに活動をしている。子どもたちのために準備、記録、振りかえりなどに多くの時間を取っていて大変だと思う。しかし、転居以外の理由で活動をやめた方はいない。「自分が町のために役に立って嬉しい」 「少しでも子どもたちが喜んでくれることが自分の喜びになっている」 「子どもたちから元気をもらっている」などがファシリテーターの方たちの感想である。また、「『スマイルタイム』がなかったら、家に引きこもり不安なことばかり考えていただろう」とか、「準備の時間に同じ町の人と話ができるので、元気が出る」などの感想もある。定期的に外出し、人との交流ができることが立ち直りのきっかけになったと思われる。
【寄付者へのメッセージ】
東京電力福島原発事故で会津若松市に全町避難を余儀なくされた福島県双葉郡大熊町の住民と子どもたちは、繰り返される転居、転校で生活が安定しません。時間の経過とともに、心が揺れ傷つきが変化しています。頂いた助成金で、グループケアに使用する支援物資の購入、およびファシリテーターたちのサポートのために繰り返し現地を訪問する事ができました。そして、年々変わる状況にあわせ、より適切なプログラムに修正していくことを同時進行で実施できました。本当に助かりました。寄付をしてくださった方々に、大熊町の人々と共に心から感謝申し上げます。報告の一部は、当会のHP(http://kodomokatei.com/)に掲載していますので、ご覧ください。
このプログラムは、今後起こると予測されている震災時に、グループで行う心のサポートプログラムとして
活用できるようにする目的もあります。被災は免れることはできなくても、その体験を乗り越える力をつけるために必要なプログラムです。
被災者は支援が単発で終わること、忘れられることをとても恐れています。それだけに継続的な私たちの支援の意味は大きいと考えています。平成25年度以降も継続して実施していますが、資金面で困っています。今後とも皆様のご協力、お力添えをよろしくお願いいたします。
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